『虚構大学』

今年は多くの大学生が満足に通学できませんでした。

そのため、「授業料を返せ」と学生や保護者の声が上がり、今までは大して気にも

されなかった(昔は平和だった)、大学経営のあり方が問われるようになっています。

そこで『虚構大学』を思い出し、手元の文庫本を読み直しました。

『虚構大学』は、清水一行の小説で、大学設立に奔走する公認会計士を主人公に、

自由経済大学』ができるまでの軌跡を、泥臭くも鮮やかに描いた小説です。

文章はテンポよく読みやすい。

京都に実在する大学をモデルにしたと言われています(大学に詳しい人が読めば、

どこの大学かはすぐにわかると思います)。

私も実在する(と言われている)大学を何度か訪問をしたことがありますが、

「ああ、この建物が小説に出てきた学舎なんだろうな」と、思ったものです

(現存するのかな?)。

政治家や役人や学者との駆け引きは、非常にリアルで生々しく、東北のある大学が

「あること」をする際に参考にしたくらい、実用性(というのか?)が高い内容です。

また、「大学がどのようにして作られてゆくのか」といった、一般にはあまり知られて

いないことが詳細に記されていることもこの小説の特徴です。

大学とは、教育とは、決して高尚なものでも、美しいものでもないことが、

『虚構大学』を読んでいるとよくわかります。

特に大学関係者と近くなる大学院生にはわかってもらえるのではないだろうか

(無能だけど学内政治には長けている教授(会社にも似たようなのがよくいます)

とかを見たりするだろうから)。

私は大学史を図書館で見ると、どこの大学であっても読みますが(仕事に関係ある

ので)、そのほとんどが「美しく」描かれて(脚色?)いるものです(たまに泥臭い

ことが書いてあったりするチャレンジャーな大学もありますけど)。

大学によっては、編纂する職員は、胸が痛く、良心の呵責に苛まれるのかも

しれません。

学生募集が軌道に乗れば、大教室に学生をすし詰めにして、非常勤講師に(安いギャラ

で)講義をさせているだけで儲かる(特にマスプロ講義が可能な文系学部は)大学経営

は「美味しいものであった」ということもわかります。

しかし、なぜ過去形なのか?

団塊ジュニア世代(私がそうです)が受験していた頃は子どもが多くいたため、

大学経営は「ボロい商売」でした(浪人も多かったので予備校も儲かっていました)。

しかし、今は少子化で学生は減る一方なのに、大学の数は増えています。

「勝ち組」と言われる大学でさえも、少しキャンパスを歩けば、少子化の影響を受けて

いることが所々でわかります。

奨学金の個別相談をしているとわかりますが、多くの家庭は本当に余裕が無くなって

います。

今後は、学生や保護者の大学経営への視線は厳しくなる一途でしょう。

良い教育をしようすると、どうしても金は必要です(このことは私が大学関係者に

会う度に言うことです)。

しかし、大学経営というものは、本当は慎ましいものです。

それにしても、この小説は、読了後に嫌な後味を残さない。

不思議だ。

community.camp-fire.jp